劇映画『友情(仮題)』 シノプシス2012.8.3−�A
企画 メディアミュージックジャパン��
シノプシス 南柱根
主要登場人物
関根舞子(19)
都内の大学の農学部に通う一年生。男言葉を使い、ずけずけと思ったことを言うので、
人とぶつかることも多いが、内実はナイーブで、思いやりの心にあふれている。
イ・ジヒョン(19)
韓国の裕福な家庭の娘で、日本への語学留学生。東京の日本語学校に通う。9 歳の時に
母が白血病で他界。母は元在日韓国人で、死ぬ時は生まれ育った日本で死にたい、と願
い、その思いを貫き、生まれ故郷の東京で死ぬ。ジヒョンも白血病を発病しており、母
が死んだ「天国」に行くつもりで日本に来た。
郭好琳(カク・スーリン20)
日本大好きな台湾人少女。旅行代理店に就職し、念願の日本勤務となるが、日本語の習
得がイマイチで、会社命令で日本語学校に通う。性格はひたすら前向き、ユーモラスで
おっちょこちょい。
武田聡輔(19)
舞子の大学の同級生。高校からおなじ学校で軽音部。舞子はそのことを「腐れ縁」と言
っている。あまりに近すぎるため、互いに男女としての意識ができない。日本人だが、
祖母が在日韓国人のクォーター。
Mikko
舞子、スーリンと顔見知りで、心の支えでもある謎のストリートミュージシャン。
[2]
プロローグ
韓国、首都ソウル、2002 年。
漢江の雄大な流れに掛かる橋の上に無数の車が行き交う。
街のそこここに「FIFA World cup 2002 Korea-Japan」のポスターやロゴ。
江南地区の高台、高級住宅街にある病院の個室、ベッドに一人の中年女性が座っている。
傍らに座って母の顔をじっと見ている9 歳のジヒョン。
「(韓国語)ジヒョン、お母さんはね、日本へ行くの」
「(韓国語)日本？」
「(韓国語)お母さんが生まれたふるさとよ」
「(韓国語)ジヒョンも一緒に行くの？」
母親はその質問には答えずに、窓の外を見る。
「(韓国語)母さんね、母さんが生まれた所に行きたいんだ……日本はいいところだよ」
「(韓国語)そこは天国なの？」
そっとジヒョンの手をにぎる母。ジヒョンは泣き出したくなるのをこらえ、母が見てい
るのと同じ窓の外を見る。
窓の外、母の命を乗せたように白い鳥が、青い空を上へ上へと上がってゆく。やがてそ
の姿がジェット機にW り──爆音が響く。
(O.L)
2012 年、日本、羽田空港。着陸するアシアナ航空のジェット機。
到着ロビー、スーツケースを転がした、色白の若い女──19 歳のジヒョンが出てくる。
初めて見る日本、ジヒョンの瞳は眩しげである。
東京、ある台湾系旅行代理店、台湾人の男性と、日本人のブローカーが打ち合わせをし
ている。そこに、お茶を持って入ってくる若い女──郭好琳(カク・スーリン)。
スーリン、日本風に丁寧にお辞儀してお茶を置こうとするが、手を滑らして、日本人客
にかけてしまう。
「ごめん！……じゃない、すませません！」
苦笑いする日本人客。上司が台湾語でまくし立てる。
「(台湾語)君はしばらく会社に出なくていいから、もっと日本語を勉強してきなさい！」
スーリンは、日本が大好きないわゆる日本オタクで、念願かなって日本勤務になること
ができたのだが、いかんせん、おっちょこちょいで、肝腎の日本語があまり上達しない。
いつも、失敗しては落ち込む……の繰りかえし。しかし、生来の明るい前向きな性格で、
翌日になるとけろりと忘れる。
ハードロックの爆音が響く。
[3]
東京のあるクラブ、ステージで演奏するのはガールズバンドの「ネオ・パンドラ」。
ギターの上を激しく動く指、激しく叩かれるドラム、全身で表現するバンドメンバーた
ち。アバンタイトルがW る。
そのハードな曲に合わせて飛び跳ねる若者たち。
その中に、スーリンの姿が見える。スーリンはムシャクシャしたことがあるとこのクラ
ブに来て発散するのだ。スーリンが踊りながら目線を送った先に同じ年くらいの少女─
─関根舞子(19)。舞子の傍らで踊っているのが、武田聡輔(19)。聡輔は舞子の高校か
らの同級生で腐れ縁。飛び散る少女たちの汗、スモークの中をうごめく光──。踊るス
ーリン、舞子に指でサインを送る。受けた舞子は両手のパフォーマンスで答える。
──メインタイトル『友情』。
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スーリンは、日本語学校での授業中にいつも退屈そうにあくびしているジヒョンのこと
が気になっていた。或る日の昼休み、スーリンはジヒョンに英語で話しかける。突然近
づいてきたスーリンに怪訝な表情で聞くジヒョン。
「(英語)どうして、私に話しかけるの？」
「(英語)同じにおいがしたから、私と。ね、友だちにならない？」
「(英語)別にいいけど……ヒマでヒマで仕方ないから」
「(英語)日本は楽しくない？」
「(英語)あなたは楽しいの？」
「(英語)楽しいよ。天国みたい」
「(英語)天国？……」
こうしてスーリンとジヒョンは友達になる。
舞子と聡輔は軽音楽同好会を作って募集している。だが全く応募がない。
実習の農作業をしながら、舞子と聡輔が話す。
「この同好会の名前だと、みんなバンドやると思ってくるよな」
「みんなで一緒に音楽聴きましょうって会だよ、何が悪い」
「いや悪くはねーけど、今まで来た三人、みんなギター抱えてきたじゃん」
「農学部の奴に音楽なんて無理かな」
「だーかーら、農学部を差別すんな」
そんなところへ、スーリンがジヒョンを舞子たちに紹介する。
クラシックしか聞かないというジヒョンを強引に同好会に勧誘する聡輔。
「大丈夫だよ、クラシックもハードロックも演歌もフォークもルーツは同じだ」
[4]
「だからオメーはよ、強引なんだよ、いつも。テキトーなことばかり言って」
「やったー！ 一人増えたぜ！ よし、最初の活動はMikko の路上ライブを聞く会
だ！」
聡輔の強引な仕切りで、ジヒョンは、駅のペデストリアンデッキに連れ出される。
路上では、ストリートミュージシャンのMikko がアップテンポな曲を歌っている。
一人周囲から浮いているくらいにノリノリで応援する聡輔。その姿がおかしくて、笑顔
を見せるジヒョン。そしてジヒョンも聡輔に釣られ、次第に音楽に乗ってくる。
初めてはじけた笑顔を見せるジヒョンを見て嬉しいスーリン。
ジヒョンは、聡輔のペースに引きこまれてゆく自分に少し困惑する。敏感にそんな空気
を感じ取るが、気づかない振りをする舞子。
こうして、女三人＋男一人のインターナショナルな付き合いが始まる。
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相変わらず日本語が上達しない、いや上達しようとしないジヒョンにスーリンが日本語
で言う。つたない日本語で答えるジヒョン。
「簡単だよ、日本語」
「むずかしいよ」
「どこがむずかしいんだよ、ジヒョン」舞子が言う。
「英語なら、男も女も年上も年下も、I とYOU だけ。韓国語でも男も女もなくて、ナ、
目上にはチョ、それだけ。でも日本語は……俺、僕、わし、私、わたくし、うち、自分、
我」「拙者、とか小生とか……」聡輔がちゃちゃをいれる。
「あなた、君、あんた、おまえ」
「貴様、てめえ……」と舞子。
「その方……」と聡輔。
「一体いくつあるのよ、しかも男と女で違うし」
「そうか？ 男とか女とかその辺は崩壊してると思うけど、こいつとか」
「オメーはよ、ちゃちゃ、ばっかり入れんなって」
「難しすぎるよ」
「そうかな？ でもさ、ひと言でわかるんだよ、あなたと呼ぶか君と呼ぶかおまえと呼
ぶかで、関係も歳も、感情もね」
「そうだよな、『てめえ』って呼べば、ひと言で喧嘩売ってるってわかる。英語みたい
にFUCK なんて付けなくても」
スーリンが聞く。
「じゃあ、愛してる相手はなんて呼ぶの？」
「女だったら、あなた？」
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「男だったら、君？ おまえ？」
「女がオメーって呼ぶのは？」
ジヒョンの言葉に、舞子がつまる。
「それは、まあ、親しいけど、その幼なじみっていうか近い関係の人で……」
「うそばっか教えんなよ、ただ単に言葉遣いが悪いだけだろ」
三人がMikko のバラードを聞いている。スーリン、一緒に口ずさむ。
「ほら、歌ってみなよ」
照れながら歌い出すジヒョン。話す時よりはるかにスムーズ。
ジヒョン、楽しくなってくる。
Mikko の唄が流れ続け──
海岸沿いを走るオンボロ車。運転するのは聡輔、乗っている舞子、ジヒョン、スーリン。
晩秋の海は人気も少ない。
砂浜ではしゃぐ舞子、ジヒョン、スーリン。ジヒョンの日本語はだいぶ上達したが、い
かんせん、舞子の影響を受けてしまっている。
「聡輔、オメー、バーベキューの準備早くしろよ」というジヒョンの言葉に苦笑いする
舞子。
三人の為に必死に火を起こしている聡輔。
「くそ、なんで俺だけ」
言いながらも、聡輔、スカートから抜けるように白い足をさらけ出してハシャいでいる
ジヒョンを見て、ニヤついている。
と、急に気分が悪くなったのか、ふらついてその場に倒れるジヒョン。慌てて駆け寄る
聡輔と舞子たち。
夕暮れの海で、ジヒョンは自分のことを舞子たちに告白する。
「(英語)日本語覚えても、もう意味がないんだ。どうせあと一年の命だし」
その言葉に衝撃が走る、舞子、聡輔、スーリン。
ジヒョンは、急性骨髄性白血病であった。しかし、裕福な家庭にも拘わらず、骨髄バン
クにも登録していなければ、アメリカなどに渡って最新の医療を受けようともしていな
かった。ジヒョンは言う、日本は母が旅立っていった「天国」だ。自分は今、その天国
にいる。母のところへいける、母に会えると思うから、死ぬことは怖くない。抗ガン剤
や放射線で、毛が抜けたり、辛い治療をするのはまっぴらだと。
「でもドナーがもしいれば助かるんだろ」
「天国でドナーを探す馬鹿がいる？」
[6]
ジヒョンをなんともしてやれない自分たちに無力感を感じる舞子たち。せめて気分だけ
でもいやしてやれないかと、聡輔の提案で台湾旅行をすることになった。
聡輔は、このまま「天国」である日本にジヒョンを置いておくと本当に死んでしまいそ
うな気がする。せめて、違う空気を吸わせてやろうという思いを口にする。
「まかせといて、こう見えても旅行代理店勤務だから、格安チケット」
スーリンの案内で台湾観光を楽しむ４人。
グルメ、故宮、新幹線etc……。
屋台で台湾料理を食べながら舞子が言う。
「今度は韓国行こうよ、ジヒョンの案内でさ」舞子が食べながら言う。
「サムゲタンに石焼きビビンバにプルコギ……」聡輔が言う。
「食べ物だけかよオメーはよ」と、舞子も頬張りながら言う。
ジヒョン、その二人の姿を見て微笑む。
「ソウルで最高のサムゲタンの店知ってるよ」
「そうかー絶対な、行こうな」
ジヒョンは明らかに聡輔に好意を抱いている。舞子にはすぐにわかった。一方ジヒョン
の方も、腐れ縁と言いながらも、内心舞子が聡輔に好意を持っていることを見抜いてい
た。聡輔は、舞子のそんな気持ちはつゆ知らず、ジヒョンに惹かれている。
スーリンは実家に寄るため、舞子たちより遅れて帰ることになった。舞子達が日本に帰
る前の日、実家のそばにいいエステがあるからとスーリンが舞子とジヒョンを誘う。ジ
ヒョンは、鬱血するからエステなど無理だと断る。
舞子は、自分が行けば聡輔とジヒョンが二人きりになることはわかっていたが、敢えて
そうすることを選ぶ。自分は何をしているのか、ジヒョンに同情しているだけなのか、
それはもしかしたらひどいことではないのか。そんな葛藤に苦しむ舞子。
二人になった、ジヒョンと聡輔は街を歩く。急に普段とは違いギクシャクした関係にな
ってしまう二人。
聡輔は、意を決してポケットから、「ドナー登録」のカードを出す。
「聡輔、ジヒョン、日本はおまえにとって天国なんかじゃないんだ、おまえ、もっと生
きられる、頑張れよ、もっともっと貪欲に」
聡輔のその言葉にカッとしたジヒョン、韓国語でまくし立てる。
「(韓国語)そんなカードで私に同情したつもり？ 何百万分の1、いるかいないかも分
からないドナーを待って、毛が抜けてボロボロになって、残った時間を生きろと言う
の？ そんなことをするなら、短くてもいいから、私は母さんみたいに美しく死にたい。
母さんが命を縮めてまで帰りたかった日本で、私も母さんの所に行くわ。友達ヅラして
[7]
勝手なことばかり言わないで！」
「韓国語はわかんね。でも言いたいことの意味は大体わかるよ。俺のばあちゃん、在日
だから、俺もクォーターだ、だから感覚でわかる……わけないけど。勝手なこと言って
ごめんな。でも、俺、おまえに生きていて欲しいんだよ、少しでも長く、一日でも長く
……」
聡輔は初めてジヒョンのことを「おまえ」と呼ぶ。
「(日本語)聡輔、初めておまえって呼んだね。舞子にだけかと思った」
聡輔、沈黙してしまう。
「(日本語)こういう時はどう呼ぶんだっけ、オメーじゃないよね……聡輔……あなた」
聡輔、ジヒョンの言葉の意味を見定めるようにじっと見つめる。
「韓国語じゃこういう時どう言うんだっけ……」
「こういう時って……」
「今」
「ナン、ノル、サランヘ(おまえが好きだ)」
互いに言ってしまった意味を思い、恥ずかしくてうつむいたまま歩き続ける。
いつの間にか、ジヒョンの手が聡輔の腕を掴んでいる。
行き止まりの高台に出る二人。見つめあい、そしてなんの言葉もないままキスをする。
羽田空港、３人が出てくる。お通夜のような気不味い空気。
「じゃ、タクシーで帰るから」
ジヒョンは、舞子や聡輔と眼も合わせずにタクシーで行ってしまう。
無言でリムジンバスに向かう二人。
やっとの思いで舞子が口を開く。
「オメーさあ、同情なんてしてねーよな」
「同情？ ジヒョンにか。相手が死ぬとわかってて同情で？ 見損なうなよ」
「同情じゃねーんだ……そうか」
舞子の目から涙が溢れそうになる。
「あ、行っちまう。じゃね」
舞子、走って行ってしまう。
その日を最後に、ジヒョンはみんなの前から姿を消してしまった。
教会の鐘が鳴り響く──。
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そして一年の時間が経過する。
都内のある教会。ジヒョンの葬儀が行われている。親族たちが参列し、神父が祈りを捧
[8]
げている。祭壇には笑顔のジヒョンの遺影。その下の棺桶に綺麗な顔で横たわるジヒョ
ンの亡骸。
と、突然、三人の若者が入ってくる。舞子、スーリン、聡輔。参列者達がなにものかと
怪訝な顔で振り返り凝視する。聡輔は長髪にニット帽をかぶり、舞子とスーリンも髪型
が変わっている。
三人、どんどん、祭壇の方へ近づく。緊張が高まる参列者たち。三人、境界を乗り越え
て遺骸のそばに行く。騒ぎになる参列者たち。
「誰かあの若造たちを止めろ」
屈強な男たちが三人、舞子たちの方に向かう。その時、韓国語で「待て」と声がかかる。
声をかけたのは、ジヒョンの父、イ・ミンスク(58)。ミンスク、じっと立って舞子た
ちを凝視する。舞子たち、ミンスクを見つめて、頭を下げる。
「(韓国語)君は舞子か」
韓国語がわからない舞子、きょとんとしている。
「(韓国語)誰か通訳」
ミンスクは、舞子たちに、ジヒョンに別れの言葉をかけてやってくれという。
舞子、歩み寄り、ジヒョンの頬を撫でる。そして、ジヒョンの髪を引っ張る。
悲鳴があがる参列者立ち。その髪はウィッグ。現れたのは髪が完全に抜け落ちたスキン
ヘッドのジヒョンの顔。
「ばかやろー！ 死んじゃいやがって！」
「なんでだよ！ ソウルでサムゲタン食わせてくれるって言ったじゃねーかよ！」
× × ×
回想。一年前。
大学の音楽室。舞子と、聡輔が気不味い雰囲気でいる。
「マンションは完全に引き払ってる。携帯も通じない。一体どこに行ったんだろ。まさ
かとは思うが」
「まさか、縁起でもない」
と、スーリンが飛び込んでくる。
スーリンはチケットの現住所から外国人登録をたどって居場所を突き止めたのだった。
ジヒョンの叔母(母の姉)の家を訪ねる三人。そのすごい豪邸に気後れする。
「こんな家の子だったのか」
「治療する金なんか、一杯あるだろうに」
三人は、ジヒョンに合わせてくれと懇願するが、家政婦が出てきて「お嬢様は絶対にお
会いにならないと言ってます」と門前払いされるのみ。
しかし諦めない舞子たちは、窓の下で呼びかけたり、入り口の前で待ち伏せしたりする。
警察に連行されたりしながらも粘る舞子たちの前に或る日、ジヒョンの叔母が出てきて、
舞子とスーリンだけなら会うとのジヒョンの伝言を伝える。
[9]
数日後、緊張の面もちで、ジヒョンの部屋に入る舞子とスーリン。二人が目にしたのは、
やつれて、帽子をかぶっているジヒョンの姿。
舞子、スーリン、それでも駈け寄り、ジヒョンの手を握る。その腕には紫斑が出ている。
ジヒョン、帽子を取る。毛髪が完全に抜け落ちている。片言の日本語で舞子に言うジヒ
ョン。
「舞子、オメーにお願いがあるんだ。聡輔に言っておいて、もうあのジヒョンはいない。
二度と会いに来ないで欲しい」
「ジヒョン、オメーさあ、聡輔を見損なうなよ！ そんな男じゃねえよ！ オメーの髪
が抜けたくらいで、オメーのこと嫌いになったりするか！」
スーリンが英語で続く。
「(英語)そうだよ！ 髪がなんだって言うのよ！ そんなことで私達の関係は変わら
ないよ！」
興奮して韓国語になるジヒョン。
「(韓国語)勝手な事言うなよ！ あんたたちに私の気持ちがわかってたまるか！」
舞子、言いたいことは汲み取れる。
日本語で切々と訴えるジヒョン。
「もう来ないで欲しい。オメーや聡輔といると……死ぬのが怖くなるんだよ。この病気
になって、一度も死ぬのが恐いなんて思ったこと無かった。母さんのところへ行ける、
そればかり考えていた。でも初めて死ぬのが怖くなった、スーリンや舞子や聡輔のせい
だ」
舞子、ジヒョンの頬に自分の手を当てる。
「ジヒョン、またテキトーなこと言うなとか、怒らせるかもしんない。でも聞いて。わ
たし、あんたのことあんまり好きじゃなかった。もちろん聡輔のこともあるけど……な
んとなくさ。でも今日、今のあんたを見て、本当に好きになった。生きようとしてるん
だろ。辛い治療受けてさ。素敵だよ、前の気取ったジヒョンより100 倍くらい。悔し
いけどさ、聡輔も同じ事言うと思うよ。髪の毛くらいなんだよ。絶対生きるんだよ、韓
国に連れてけよ、絶対」
「そうだよ！ 格安チケット手に入れるから！」
「舞子……ネオ・パンドラ……一度見てみたかったな」
「見られるよ！ 行くんだよ！ 絶対だ！」
数週間後、渋谷の街に更にやつれ、ニット帽をかぶって立っているヒジョンの姿があっ
た。
「よっ、遅くなってごめん」
懐かしい聡輔の声にドキッとして振り返ると、あっと驚くタメゴローのハナ肇の様な出
[10]
で立ちの聡輔が立っている。その格好を見て吹き出すジヒョン。
舞子と、スーリンも微妙な髪型。
「久し振りだね」と聡輔がロン毛のカツラを外す。中は完全なスキンヘッド。
続いてスーリンと舞子もカツラを外す。ふたりとも完全にスキンヘッド。
「どうだ、カッコイイだろ」
ジヒョン、聡輔たちの気持ちが嬉しくて、満面の笑み。
クラブ、演奏が始まる前のひと時、お互いの頭に落書きしている舞子とスーリン、舞子
はスーリンの頭に髑髏のマークを書く。
「ジヒョン、オメーも聡輔の頭に何か書けよ」
ジヒョン、バッグから赤いルージュを出し、聡輔の頭に大きなハートマークを書く。
そして、ニット帽を取り、自分もスキンヘッドをさらけ出しニコリと笑う。
× × ×
元の教会。三人、居住まいを正し、自分たちのウィッグを取る。全員がスキンヘッド。
参列者たちから大きなどよめきが起こる。三人、丁寧に手を合わせる。
ミンスクがどよめきを抑えながら来て、舞子たちの前に立つ。
ミンスク、舞子とスーリンの手を取りゆっくり言う。
「(韓国語)ありがとう。君たちのお陰で、ジヒョンは人生を生きた。本当の意味で、こ
こはあの子にとっての天国になったんだ。母が生まれた国で、君たちに会えたから」
同時通訳されるミンスクの言葉。
舞子、亡骸のジヒョンを抱きしめる。そして堰を切ったように号泣する。
スーリンもその場に座り込んで泣き出す。聡輔も赤ん坊の様に泣き出す。ミンスク、三
人の肩を抱いて、涙ぐむ。ネオ・パンドラの激しいビートが聞こえてくる。
× × ×
渋谷のクラブ、ステージで歌うネオ・パンドラ。踊る若者たちの中心にスキンヘッドの
４人。周りは怪訝な顔で４人を見るが、４人はこの上なく幸せそうな顔でジャンプして
いる。聡輔のハートマークが上下する。それを見ながらジャンプするジヒョンの顔から
飛び散る汗、生命の躍動感。ネオ・パンドラの激しいパフォーマンスに乗って、最高に
眩しい4 人の笑顔が上下にジャンプしている。
ローリングタイトルがせり上がってくる。激しいハードロックがやがてMikko が歌う
4 人の思い出の唄に替わって──。
完